手軽なblogツールが欲しくて、pebbleを試してみた。

なかなかいい感じだ。何よりもデータをすべてxmlファイルで管理するところが気に入っている。インストール方法は、
http://www.junoura.com/xoops/html/modules/news/article.php?storyid=92
を参照。
手軽なblogツールが欲しくて、pebbleを試してみた。
なかなかいい感じだ。何よりもデータをすべてxmlファイルで管理するところが気に入っている。インストール方法は、
http://www.junoura.com/xoops/html/modules/news/article.php?storyid=92
を参照。
パッケージ管理システムは便利なのだけど、今回ははまってしまった。未だにうまくいっていない。
LAMPのうち、Lは問題ない。Aもインストールできた。起動もできた。Mもインストールできた。起動できた。問題はPHPである。
Vineにあるものは、マルチスレッドに対応したコンパイルがされていないようで、動かない。そりゃ、configureしてmakeすればいいのは分かるが、それが面倒なときもあるわけだ。
つい、turbolinuxが1980円で売り出されるという話に心動いてしまう。
関係ない人の方が多いのだろうが、linuxをデスクトップ環境として使おうと思った場合に、日本語入力をどうするかというのはかなりクリティカルな問題である。
で、私は、ここ数年wnn7を愛用してきた。それが今年始めにwnn8にバージョンアップしたので入れ替えたところ、かえって悪くなっていたので、元のwnn7に戻した。
openofficeやfirefoxでの入力がうまく行かなくなっているし、elispクライアントもなくなっている。こりゃだめだね。
こういうがっかり感をなくすためにも、オープンソース開発方法論って意味があるのではないかと思う今日この頃。
Rashid Kahnという人から「これを読めば分かる」と言われてもらった論文を読んでいた。どういう場合に標準が必要になるのか、というかなり根本的な相談をしたときのことだから、かれこれもらってから3週間になる。そういえば、ということで取り出して読んだわけだ。
言いたいことは分かるのだが、残念ながらこれは理論ではないねえ。
Webでは標準が大切、一方ERPでは標準など作られもしない。そういう例をいくら挙げても一般化は難しい。じゃあ、どういう一般化が可能なのさというと私にも思いつかない。
これは次の論文のネタだね。
予想に反してだんだん完成度が高まっているような気がする。
それに引き換え、colinuxはなかなかバージョンアップしないねえ。
Against my expectation, Fedora gets stable.
But colinux's new version is not released long time.
コンピュータ業界に入って40年近く、汎用機一筋でやってきたというエンジニアの方と話をする機会があった。
なんだかんだいって現在のコンピュータサイエンスは、もしくは情報システム工学は汎用機が対象というのはまぎれもない事実で、学会は未だにダウンサイジングされている現場に追いつけていない。
ただ、今日彼と話をして、汎用機はまだその役目を終えていないのではないかという気がしてきた。
この辺りかなり難しい問題だね。
Tonight, I met an engineer whose career was totally built with mainframe almost 40 years.
More or less, computer science or information systems engineering has been targeted to mainframe computer in fact. Academic society could not catch up with downsizing.
But I realize that mainframe is not legacy.
This issue is too difficult to consider now.
夜、とあるソフトウェア会社の人と会う。その方は以前、会社を興したことがあり、現在はその会社をたたみ、他の会社の役員となっている。
とても深い話を聞けて参考になった。別に私は会社を興そうと考えたことはないが、改めて話を聞くととても大変なことだということがよくわかる。特に、「周りの人の意見を聞いているつもりだったが、実際には耳に入らないものだ。」とか、「つい見栄を張ってオフィスビルを借りたために、固定費が高くなって苦しくなった。」という話は、端から見ると当たり前の気がするが、実際に経験してみるとそう簡単なことではない。
なんで今頃LaTeXのスタイルファイルを修正するはめになったのかというと、学会用の論文を修正していたからである。
なんと言っても、大幅な改善をすることを前提に採用してもらったので、約束通り改善をしなければならない。
先週東工大でいろいろとヒントになることを思いついたので、それを盛り込もうとしているのだが、どうにも時間が足りないね。
Because I am rewritting my paper for symposium, I had a chance to fix LaTeX style file.
My refer permit to adapt my paper, if it is rewritten a lot. So I must write this again.
Many student of Valdes gave me good suggestions, I am trying to use them on my paper. But I need more time.
どうにもLaTeXのコンパイルでエラーが出て仕方がない。調べてみたら、文書の問題ではなくスタイルファイルの問題らしい。そこで以下のファイルを修正してエラーが出なくなるようにした。
/usr/local/share/texmf/tex/latex/url/url.sty
このスタイルファイルってあまり使われていないのだろうか。
When I compile LaTeX documents, a strange error is occured. After 10 minutes investigation, I found this error comes from not my document but style file.
/usr/local/share/texmf/tex/latex/url/url.sty
So I fixed this file. I wonder this style file is not so popular?
昨晩、他の会社の人と夕食を食べながら、「標準でもうけるには」という話題で盛り上がった。
私の意見は、「標準でもうけるのは邪道だ」ということなのだが、そうもいっていられないのがこの世界だ。標準を作るのは金がかかるし時間も労力もかかる。社内を説得するには「これだけ儲かります」と言うのが最も手っ取り早い。
世の中金だからねえ。
Last night, in dinner time, I discussed with friends from various companies "how to earn money with standard".
My opinion is, we do not think about money when considering standard. But I understand this is ideal opinion. To build standard needs many money, many time, many work. We need to be admitted this kind of work in company, so the estimated amount of money help us a lot.
Yes, money is everything.
blogを書くためのツールである、ectoをオンラインで購入。やはり便利だからね。18ドルならば安いだろう。
Pay fee of ecto, which I use to writer this blog by online. It is so useful. The price is 18 USD. It is reasonable for me.
ABCやBBCが放送をpodcastでも提供するようになってきている。まだトライアルということだが、そういう流れなんだろうね。
iTunesにもpodcastを直接ダウンロードできる機能を付けるらしいし、知らないうちにインターネットと放送の融合が起こっている。
価値システム専攻は私の博士課程での所属学部になる。修士課程一年生向けの授業に参加させてもらったのだが、生徒のバックグラウンドが広いのでどういう前提で話をすればいいのかうまくつかめない。
でも、エージェントベースの考え方や、理論と実践の関係など多少は分かってもらえたかな、と振り返る。
そう、理論と実践はどちらか一方だけではだめなのさ、というのが私の主張。
情報システム開発の面白さはつまるところプロジェクト運営にある。
いろいろな人を集めて役割を分担し、タスクを定義してスケジュールを引く。途中でいろいろなことが起こり、なんとか解決して完成に向かう。
それ自体は嫌いではないが、困るのはかなりこじれてからこちらに回ってくることが多くなっていることだ。
失敗プロジェクトの立て直しはなかなか難しいしできる手も限られてくる。やはりだんだんこういう役回りになってくるのかねえ。