日本情報経営学会誌「ネット時代の流行・普及」

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テーマ的には時流をとらえているが、今回も掘り下げ方が十分ではないため散
漫な印象を与えている。

「インターネットと流行現象」では熱狂的現象「ファッド」について取り上げ
ている。この論文ではファッドをマーケティングに利用可能かを考察している
がいくつかの失敗例を概観するのみで困難であると結論づけている。これでは
科学であるとすらいえない。

「知識基盤型社会のイノベーション創造普及課程に関する一考察」は論理的交
渉が見受けられず、作文の域を出ない。最大限の評価をするとすればごく限ら
れた分野のサーベイである。

「イノベーション普及モデルの再考」では微分方程式モデルとエージェントベー
スモデル(ABM)の利点と欠点を概観した上で改良型のABMを提案、実証してい
る。より広範な適用およびリファンメントが期待される。

「消費財製品開発・普及過程へのオンライン・コミュニティの組込と容込」で
は顧客コミュニティとの協業による製品開発の困難さが述べられているが、現
実の企業における製品開発の現場ではすでに遙か先を行っており、残念ながら
この論文の価値はほとんどないと言わざるを得ない。

「Web2.0でのデジタルコンテンツによるe-communityの創造」では重要な用語
の定義が曖昧なまま論旨が進むため、冒頭で疑問を抱いた読者は最後まで内容
に入り込むことができない。ここではweb2.0を「blogやSNS」と解釈するとそ
れらがなぜクラッドウェルの理論を適用できるのかがポイントになるのではな
いか。しかし、この疑問に解は与えられることなく後半ではなぜかニコ動に話
が移り変わっていくのである。

「イノベーション研究におけるアクター・ネットワーク理論の適用可能性」で
は、企業のイノベーションを研究する際にアクター・ネットワーク理論(ANT)
を使えるか考察しているが四の五の言う前に適用して得られる結果を考察すべ
きではないか。社会科学では成果を期待する側面が重要なのである。ただし、
ANTを組織論に適用すること自体は目新しいことではないため、成果について
も陳腐な結末を迎えることは想像に難くない。

「流行・普及・停滞と意味ネットワーク」では体験空間でのモノ、コトを意味
空間で概念化することの意義を述べているがそれがなぜテレビゲーム市場の分
析に用いられるのかそちらの意義が理解できない。

「組織フィールドの形成と意味ネットワークの焦点化」では古民家再生という
題材を用いて新制度派組織論の分析を試みている。つまり新築に偏りがちであっ
た建築業界の動向を変えるきっかけとなった古民家再生活動の意義を実践的に
分析している。説得力はあるが解釈的な分析に終始した点が惜しまれる。

「事業創造と意味ネットワークの構造変化」ではVOCALOID開発と普及課程を概
観する中で意味ネットワークが変遷しながら拡大したこと、開発会社の事業が
拡張したことが述べられている。しかし、その内容であれば後半の著作権に関
する騒動の説明は不要ではないか。ただし、意味ネットワークが拡大した結果
発生した騒動であるという観点からは興味深い。

「同型的多角化のシステム的生成」では同業に属する会社群が同時期に多角化
を進めた際、類似した事業展開をしたことを考察している。そこに意味ネット
ワークが存在すると主張しているが私は筆者が論文中に述べているように、模
倣が働いたと考える方が自然であるように感じた。

全体として今回の特集はテーマ的には時流をとらえているが、掘り下げ方が十
分ではないため散漫な印象を与えている。

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